2018年埼玉県富士見市から移住。
幸季さんは奈良県生駒市出身。知子さんは京都府宇治市出身。11年間の富士見市で暮らしを経て、子育て環境の良さ、土地の広さ、アクセスの良さなどが決め手となり宇治田原町へ移住。現在は、空き家バンクを利用して見つけた賃貸している家屋を自身でリフォームしながら、念願だった古民家暮らしを満喫中。
何かにチャレンジするに
ぴったりのピッタリの場所です。
2018年埼玉県富士見市から移住。
幸季さんは奈良県生駒市出身。知子さんは京都府宇治市出身。11年間の富士見市で暮らしを経て、子育て環境の良さ、土地の広さ、アクセスの良さなどが決め手となり宇治田原町へ移住。現在は、空き家バンクを利用して見つけた賃貸している家屋を自身でリフォームしながら、念願だった古民家暮らしを満喫中。
(幸季さん)ふたりとも実家が関西にあるということもあり、いつかは戻ってきたいなと思っていたんです。
富士見市では会社勤めをしていたのですが、少し前から独立を考え始めて、会社にも相談をしていたので、独立するタイミングと娘の小学校入学のタイミングが重なって、一気に移住の話が進み始めました。
家はふたりの実家である生駒市と宇治市の間に絞って探しました。空き家バンクや友達、両親の知り合いに紹介してもらいながら、実際に足を運んで決めました。
宇治田原町に移住する決め手となったのは、子どもにとってすごく良い環境だなと思ったことですね。小学校も近いですし、学校から帰ってきて遊ぶ場所もたくさんあります。
家の近くにスーパーもあって、子育てするにはとても良い環境だと思います。
(知子さん)実家が関西にあるので、いつかは関西に戻ってきたいなと思いつつも、時が経ってしまっていたので、移住すると聞いたときは、慣れ親しんだ環境から離れることは寂しかったけど、反対とかはまったくなくて、「ほな、はよ決めよか」ってなりましたね。
おしゃれなショッピングモールとかファミレスとかはないけど、富士見市にいるときに十分楽しめたように思うし、少し車を走らせると、そんな場所にもまた行くことができます。
自然いっぱいの中でも、家の中でも、思いっきり走り回る子どもたちと過ごす日々が今はとても楽しくて、今の私たちにはすごく合っていると思うんです。
宇治田原町の空き家バンクで見つけた賃貸の家屋なのですが、家主さんが改装していいとおっしゃってくれたので、補助金を活用しながら、自分でリフォームして暮らしています。
家を借りた当初、一番焦ったのは水道管が破裂していたことです。一番はじめに直しました。
どんな状況でも受け入れて、自由に改装できるとポジティブに考えられる方なら空き家バンクはすごくおすすめです。モノ造りの方など作業場が必要な方だと、自分のイメージに合う改装ができるので、空き家バンクすごく良いと思いますよ。
家族に合った空間に出来るワクワク感も空き家バンクで見つけた家だからこそのものですよね。
現在は、ガラス作家さんが作った作品の販売を中心に、海外のガラス材料を販売するなど、国内のガラスに携わる環境が円滑に回るようにサポートをする仕事をしています。
世界的なガラス工芸を含めたクラフトの低迷のため、ガラス材料メーカーはじめ業者も厳しい状況におかれています。
そうなった一つ原因は作り手の製品や作品が動きづらくなったところ。
作り手により利益が生れないと、材料の需用はなくなり材料メーカーは材料を作らなくなって、作り手に良い材料が届かなくなります。
そうした悪循環を抑えるためには、作品の動きが必要です。
以前勤めていた会社では、ガラスの原料の販売を専門にしていましたが、 独立して製品、作品の販売を中心にすることをはじめました。
仕事柄、全国各地へ出張に行くので、田舎過ぎず、アクセスが良いところも宇治田原町への移住の決め手になりましたね。
移住してきたときから感じているのは、人の距離が近く感じるところですね。
引っ越してきて初めてお会いする方も私たちのことを知っていて、そうゆうことが苦手に感じてしまう方には、少し抵抗があるかもしれませんね。
私の場合は出張も多くて家を開けることも多いので、この距離感は逆に心強く嬉しいんです。
いつも助けられています。
東北の震災のとき、家族は埼玉で私はちょうど富山に出張だったので、なかなか連絡がつかずすごく不安でした。 なにかあったときに、親も含めて近くに頼れる人がいるのはすごく安心できます。
あとは、小さい子がこの付近では少ないので、すごくかわいがってもらっています。近くの横断歩道の旗も、もともとはなかったんですけど、町内の方が役場に声をかけていただいて、設置してくれたんです。
野菜も、買わなくてもいいくらいご近所の方からわけていただいてますよ。野菜作りも地域のみなさんに教えていただいています。